2017/06/16 19:00

リキュール・メーカーの挑戦の証!

1970年代に走らせた914/6レーシングマシンをレストアした、という話

ポルシェ 914は、ポルシェがフォルクスワーゲンと共同開発して、1970年から販売が開始されたスポーツカーだ。フォルクスワーゲンのコンポーネンツを流用してコストダウンを実現した”ポルシェ”として、ユーザー層拡大に貢献したモデルとして記憶されている。

 

“ワーゲン・ポルシェ”という愛称

 

このモデルは、“ワーゲン・ポルシェ”という愛称をもち、エンジンをミッドシップマウントした2シータースポーツカーだ。全長に対して極めて長く設定されたホイールベースと短いオーバーハング、グラスファイバー強化プラスチック製の着脱式ルーフセンターパネル、それにポップアップヘッドライトが特徴だ。

 

市場導入時には2種類のエンジンが用意された。914はフォルクスワーゲンの1.7リッター水平対向4気筒エンジン(最高出力80PS)と凡庸だったが、914/6はポルシェ 911 Tと同じ2.0リッター水平対向6気筒エンジン(最高出力110PS)を搭載していた。

 

 

今回は、1970年代にレーシングマシンとして使用されて幾多の勝利を挙げた後、転売されて世界各国を旅し、今では活躍した当時のオーナーの手に取り戻されてレストアされた1台の914/6のストーリーをご紹介しよう。

 

 

アルコール・メーカー”イエーガーマイスター”のレースマシンだった!

 

美しく、しかし決してビカビカではなく、当時あったままの姿に復元されている914/6のレース仕様車。この個体は1970年代前半のある時期には、名だたる名ドライバーがステアリングホイールを握った、有名なクラシック・レーサーだ。そのスポンサーはドイツのリキュール・メーカー” イエーガーマイスター”だ。

 

オリジナルのボディカラーはダークグリーンだったが、レース参戦3戦目を前に、より目立つようにとわずか一昼夜で突貫ペイントを施したという逸話が残っている。そのためAピラー、Bピラー、ドアのスリットなどにスプレーが飛散したままだ。こうした仕様を在りのままに残すのは、歴史を重んじているからだ。

 

 

 

そもそもリキュール・メーカーが何故レーシング・チームのスポンサーになったのだろうか? イエーガーマイスターは、1970年代に西ドイツで幼少期を過ごした人なら誰しもが”年寄り向けのさえない酒”を想像する、少し古ぼけた小さなメーカーであった。そして当時の同社は、グローバル・マーケットに進出する、という希望を、ほんのり抱き始めていた。アメリカで大々的なキャンペーンを実施するのは夢のまた夢でも、当時の西ドイツに多数駐留していたアメリカ軍人がイエーガーマイスターを好むことは分かっていた。そこで、何かやってみよう、ということになった。それがレース活動だった。ちょうどその頃、同社社長のマスト氏の従兄弟エッカード・シンフ氏は、モータージャーナリストであり、アマチュアレーサーとして活動していた。イエーガーマイスターは、彼に投資してみることにしたのだ。

 

 

一方、車体番号914 143 0178と刻印されたこの個体は、フォルクスワーゲン・ポルシェのディーラーの手により、1971年にレーシングカーに生まれ変わった。公道走行のために必要なパーツ類は取り外され、ロールケージが搭載された。そして総排気量2.0リッターの6気筒エンジンは220 Hpを発揮するまでにチューニングされた。同年は彼らの手によりサーキットで活躍し、ル・マンこそリタイアしたものの、スパとニュル1,000kmの2L GTクラスで勝利を挙げるなど、当時、最速の914/6と呼ばれていた。エッカードは、この車両を手に入れて1972年シーズンを戦うことにした。

 

 

アマチュアレーサーだったエッカードは、最速の914/6でモンテカルロ・ラリーへの参戦を夢見ていた。そこで従兄弟でイエーガーマイスター社長であるマスト氏にスポンサードを依頼した。丁度イエーガーマイスターがグローバル・ブランドを目指し始めた時期だったため合意。レース参戦が始まった。ところが、マスト氏の野望はエッカードの夢とは比較にならないほど大きく「勝てるレースはすべて勝て」と厳命された。そこでエッカードは(時に自身がステアリングホイールを握ることもあったが)、グラハム・ヒルを筆頭に、ハンス・ヨアキム・スタック、ニキ・ラウダといった伝説的ドライバーを起用した。1972年には12レースに、1973年には14レースに参戦。この2年間で8勝を挙げてマスト氏の期待に応えた。翌年以降は911 RSRがベース車両に選ばれたため、本個体は売却された。

 

 

914/6は製作者のフォルクスワーゲン・ポルシェ・ディーラーの手に支払代金の代わりとして戻された後、ドイツ人レーサーの手に渡り、1975年と1976年シーズンはレーサーとして使用された。同年にイタリアに渡った後、1977年~1979年まではアメリカのIMSAシリーズに参戦したと記録されている。この年が本個体の最後の挑戦となった。

 

その後である。イエーガーマイスターは自社のレーシングヒストリーの大切なオリジンを動態保存したいと考えた。同社から依頼を受けたエッカードは、息子のオリバーと共に、密かにあの914/6を探し始めた。秘密裏にことを進めたのは、イエーガーマイスターが914/6を探していると知れたら、価格が急騰してしまうためだ。調査の結果、あの914/6はアメリカ・フロリダ州にスクラップの状態で存在していることが判明した。7年間にも渡る長期間交渉の結果、無事に車両はエッカード氏とイエーガーマイスターの手に渡り、レストアが施された。

 

 

それは人に見せるための車両、博物館に展示する車両としてではなく、可能な限り、レーシングマシンとして活躍した当時の姿に戻す作業だった。使用可能なオリジナルパーツは極力再利用され、それが不可能な場合は純正パーツが使用された。例えば、アルミ製ロールケージは現代の視点では決して適切な代物ではなかったが、元に戻された。現代であればヘックス・ボルトが用いられる部分でも、当時のマイナス・スクリューがそのまま使われている。プラスチック製のフードとバンパーも、そのまま再利用されている。あの急ごしらえだったペイントも、当時と同じ方法で実施された。

 

こうしてイエーガーマイスターの914/6は、大活躍した1970年代の姿を取り戻した。現在はイエーガーマイスターが大切に管理しており、時にサーキットを走行している。ステアリングを握るのは、多くの場合、もちろんエッカードだ。914/6とイエーガーマイスター、それにエッカードの蜜月の時代が再び始まったのだ。

 

 

車名:ポルシェ 914/6(イエーガーマイスター;レース仕様)

エンジン:水平対向空冷6気筒

総排気量:1,991 cm3

ボア×ストローク:80.0 × 66.0 mm

圧縮比:10.4:1

最高出力:212 HP @ 8,100 rpm

最大トルク:212 Nm @ 6,400 rpm

トランスミッション:5速

シャシー:グループ4コンバージョン

車両重量:約840 kg

全長×全幅×全高さ:3,985×1,690×1,240 mm

ホイールベース:2,450 mm

 

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